新しい顕微分光装置を開発して摩訶不思議な現象を観察しよう!
タンパク質骨格の構造揺らぎや構造変化は結合分子の光物性に摂動を与えるため、蛍光の強度・寿命・ピーク波長・偏光などのランダムな揺らぎとして観測できます。しかし通常の測定では、アボガドロ数レベルの多数の粒子が存在するアンサンブル系を観測対象にするため、各々の粒子で生じるランダムな変化は平均化されて解析できません。そこで、分子やタンパク質を1粒子のみ取り出して観測する1分子分光法を用います(図1)。実験で得られた揺らぎデータを統計解析することで、分子やタンパク質1粒ごとの動的な物性が調べられます(図2)。さらに、顕微鏡にフェムト秒レーザーを導入し、時間分解測定を行うことで、微視的な量子状態の時空間マッピングが可能になります。しかし、研究用途で使用される最新鋭の顕微鏡を用いてもこれらの測定は困難です。そこで我々は独自に顕微分光装置を開発しています。オンリーワンの測定装置を駆使して、これまでに世界の誰も見たことのない生体光現象を観測したいと考えています。
図1.1粒子の蛍光イメージ
図2.レーザーを用いた1分子顕微分光
1分子レベルの超高速スペクトル分光法を用いた光合成光反応の揺らぎ解析
光合成光受容タンパク質は光吸収→エネルギー移動→電荷分離→電子移動といった一連の過程を制御しています。特に光吸収から電荷分離まではフェムト秒~ピコ秒という非常に短い時間で生じる超高速光反応になります。従って、観測するにはフェムト秒時間分解能が必要となります。さらに、数個~数十個もの分子が関与する多段階過程なので、各分子をエネルギー準位(つまり、色)によって区別するスペクトル分光測定が必須となります。これらを1分子・1タンパク質レベルで達成し、タンパク質の構造ダイナミクスと光反応がどのように相関するのかを明らかにしたいと考えています。
光反応過程を調べる方法として一般的に時間分解蛍光測定が用いられます。1分子測定も行われており、市販の顕微装置でも観測できます。しかし、蛍光スペクトルの時間分解となると技術的に難しくなります。我々は時間分解蛍光スペクトル測定が可能な共焦点顕微鏡を開発し、光合成タンパク質のエネルギー移動過程の1分子観測に挑んでいます(図3)。光エネルギーが流れる速度や経路がどのように揺らいでいるのかを解析したいと考えています。
上記に加えて電荷分離→電子移動過程まで解析できれば一連の光反応過程を包括的に議論できます。しかし、電子移動過程はエネルギー移動過程とは異なり蛍光観測ができません。そのため、電子が流れていく際に生じる分子吸収の過渡変化を検出しなければなりません。吸収測定は蛍光測定に比べて難易度が高く、1分子観測となると世界的にも極めて高度な挑戦課題となります。我々は高感度吸収顕微鏡の開発を進めており、タンパク質内を電子が流れる様子を1分子レベルで観察したいと考えています。電子移動過程がどのように揺らぐのかという素朴な疑問に答えるため、研究を進めています(図4)。
図3.開発中の顕微分光装置
図4.電子移動過程の揺らぎ
本当に量子効果は生命を駆動するのか?
光合成生物の細胞内にはクロロフィルと呼ばれる緑色の色素分子が多数含まれており、太陽の光を吸収します。吸収された光のエネルギーは色素分子間を移動し、反応中心と呼ばれるタンパク質に渡され、光から電流へと変換されます。この際の量子収率はほぼ100%に達しており、理想的な太陽電池と言えます。しかし、そのエネルギー輸送機構は未だに大きな謎として残されています。天然の光合成系を凌駕するような人工系を創り出すのは人類にとって大きな夢の1つですが、実現するには至っていません。
光合成系のエネルギー移動は、光エネルギーが隣接する色素分子間をバケツリレーのように移動するモデル(図5A)で説明されてきました。しかし近年になり、量子的な挙動を示す実験結果が次々と報告され、大きな話題となっています。量子的なモデルでは、複数の色素分子が相互作用で互いに結びつき、量子状態が空間的に広がるため、あたかもワープするように光エネルギーが移動できます(図5B)。量子効果が生体反応に深く関与する可能性を示唆しており、現在多くの検証研究が進められています。我々は量子現象をミクロレベルで観測するため、独自の時間・空間分解顕微鏡を開発しています。量子効果が光エネルギー輸送効率に与える寄与を定量的に評価することで、生物が生きていくために量子現象はどの程度重要なのか?、という問いの答えを探りたいと考えています。
図5.非局在励起子状態を介したエネルギー移動
地質試料に残された光合成物質の分光情報から地球と生命の共進化史を読み解く
光合成生物は38憶年も昔の太古の地球に誕生し、地球環境の変遷と共に進化してきたと考えられています。その過程で様々な光反応システムを進化させ、環境に適応できなかったものは消えていったに違いありません。それら今は亡き光合成系の機能が解析できれば、光合成生物の進化だけでなく地球環境の変遷過程も含めた統合的な議論が可能となります。このような地球と生命の共進化の歴史を解明すべく、私達が得意とする1分子顕微分光技術を駆使して地質試料中に残された光合成物質の分光解析に取り組んでいます(図6)。太古の地球で繁栄していたであろう光合成生物の痕跡にアクセスできれば、これまでとは比較にならないくらい豊富な情報を得ることができます。全く新しい視点から学術的なブレイクスルーを起こせると考え、研究に取り組んでいます。
図6.顕微分光測定に使用するレーザー光源
動的に振る舞う生体系の謎に迫る...
生体タンパク質は基本的に1構造につき1機能を発現します。酵素反応における鍵と鍵穴モデルなどは代表的な例で、高次構造の利点を上手く生かした巧妙な系が構築されています。一方で、生体内ではpH・温度・塩濃度などの様々な環境因子が時々刻々と変化しており、タンパク質はそれらの変化に敏感に応答して構造を柔軟に変化させることも知られています。天然変性タンパク質のように特定の立体構造を持たず、標的に接触すると結合しやすい構造に変化する系まで存在します。タンパク質の構造と機能は基本的に1対1で対応していると言いましたが、状況に応じて構造が柔軟に変化すればその分だけ機能が多彩になります。光合成系でもpH応答型のタンパク質構造変化を上手く利用した光反応効率の調整機構が示唆されており(図7)、過酷な自然環境下で生き抜く術を獲得しています。現存する生命は全て有機物をベースにしていますが、このような構造柔軟性が生命の謎を解く鍵となるかもしれません。しかし、これらを実験的に解析するのはそれほど簡単ではありません。特に、環境変化や物質間相互作用をトリガーとする構造ダイナミクスの解析法は発展途上にあり、未だに不明な点が多く残されています。そこで我々は顕微分光技術を応用した新しい解析手法の開発を進めています(図8)。想像以上に動的に振る舞う生体系の全貌を明らかにできれば、生命の駆動原理の理解にまた一歩近づけます。さらに近年では人工タンパク質の合成技術も急速に発展しており、将来的にはダイナミクス特性までプログラムされた多機能性物質の開発研究に繋がっていくものと期待しています。
図7.光反応を制御するダイナミクス
図8.開発中の顕微分光装置の一部
異分野と連携して科学の新たな潮流を日本から生み出そう!
我々のグループは多種多様な異分野(量子光学・理論化学・有機化学・生化学・生体工学・有機地球化学・エネルギー化学 etc...)の若手研究者とタッグを組みながら共同研究を進めています(図9)。各々の専門技術、知識、経験を互いに交換し合いながら、分野の垣根を乗り越えることで、今までにない斬新な切り口から新しい科学を開拓しています。量子計測と顕微観測の融合、巨大な光合成タンパク質超複合体で制御される光反応過程の1分子観察、人工チャネル分子を用いたイオン透過機構の解明、絶滅光合成生物の分光解析、人工光合成アンテナ内の量子状態観測など、現在進行形で数多くの挑戦的なプロジェクトに取り組んでいます。山口大学、立命館大学、京都大学、大阪公立大学、名古屋工業大学、東北大学、分子研など、日本各地の野心的な研究グループと密に連携を取りながら、科学の新たな潮流を日本から生み出すことを目指しています。
図9.異分野との連携